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<図書紹介>毛塚勝利編『事業再構築における労働法の役割』(中央経済社、2013年)


 本書は、企業再編を含む事業再構築をめぐる実務動向を踏まえ、労働法における解釈論上、および立法論上の課題を解明することを意図した研究者と実務法曹の共同作業の成果である。本書に先立ち、2010年には毛塚教授を編者とする『企業組織再編における労働者保護』が同じく中央経済社から出版されているが、同書は主として労使関係システムの課題を探ることに力点がおかれていたのに対して、今回公刊された本書は、主に個別労働法上の問題点を包括的に検討するものである。 

 本書第1章の根本論文「組織再編をめぐる法的問題」は、会社法が労働者の地位をどのように位置づけてきたかを検討するもので、日本の会社法学が「株主利益最大化原則」の下、例えばドイツのそれに比べて企業の公共的性格についての理解が弱く、日本の判例・通説は、労働者をはじめとする会社の利害関係者の利益保護を具体的な裁判規範や立法に定めることを否定している、とする。そのうえで、日本の会社法制においても労働者概念を用いた規整を設けることが必要であり、法人格の付与や事業移転など会社法固有の論点とされていることについても労働法上の法益を簡単に縮減させないような法制度にしなければならず、さらに必要があれば労働法独自の法人格論・事業論の構築、労働関係に即した法人格否認法理の展開が必要であるとする。組織再編に関する具体的な解釈論としては、会社分割における労働契約承継問題について、民法625条1項の適用を排除したかつ異議申立権を認めない現行労働契約承継法3条ないし5条は憲法に抵触するとの見解を提示している。

 第2章の有田論文「事業譲渡における労働契約の承継をめぐる法的問題」は、多様な譲渡類型を分類整理し、それぞれに法的問題の相違が生じることを明らかにしたうえで、従来の判例・学説をふまえ、新たな解釈論として労働契約承継法の類推適用論を展開している。労働契約承継法の承継ルールは、会社分割が(部分的)包括承継を建前とすることに基づいているが、現実には事業譲渡との相違は相対的なものでしかなく、また倒産手続きにおいても会社分割が認められるようになったことから、濫用的な会社分割のリスクが高まっていることを踏まえたチャレンジングな議論を提示しており、異議申立権の問題についても、承継対象の事業性判断と商法附則5条の協議によるチェックを提案している。今後の議論に一石を投じるものと言えるだろう。

 第3章の徳住論文「解散・倒産をめぐる法的問題」は、清算手続開始後も整理解雇法理の適用があることを前提に4要件の具体的な判断のあり方を検討するとともに、法的効果論としての取締役等の第三者責任、偽装解散に伴う事業譲受会社の雇用責任、倒産をめぐる労働法上の問題等を、場数を踏んだ実務家ならではの視点から論じている。

 第4章の高橋論文「現代における整理解雇法理のあり方」は、解雇制限の規範的根拠を契約原理としての「自己の意思に基づく拘束」に求め、労働契約関係を解消できるのは債権法の不能に相当する場合に限られるべきとし、整理解雇にそして、これを「継続雇用できないとき」としつつ、4基準の具体的内容を検討している。不採算部門の廃止に際しては、職務が限定されている場合を含めて、企業(さらには企業グループ)での継続雇用の可能性を検討されなければならないとする。人選基準に関しては、ドイツの法理を参考に「社会的観点からの平等に処遇するべき義務」が信義則上あるとし、社会的包摂の観点を重視した議論を展開している。

 第5章の長谷川論文「賃金処遇制度の見直しをめぐる法的問題」は、まず一般的な枠組みとして、就業規則による不利益変更法理を検討し、制度の合理性と運用の合理性を分け(「相対的合理性審査」)、賃金処遇の変更における「不利益」性、「高度の必要性」、「労働組合との協議」、「代償措置・経過措置」の各論点について判例を分析、整理している。事業組織再編における労働条件変更については、事業再編の前後で区別し、さらに労働契約の帰趨が決まっていない事業再編前の変更について、労働契約の承継と労働条件の変更が条件関係にある場合とない場合に分けて議論する。そして条件関係にある場合でかつ全員解雇・再雇用型しかも全部譲渡のケースについては変更解約告知法理による対応を示唆している。

 事業再構築は、事業の外部化というかたちをとる場合のみならず、事業から雇用を切り離した上で、事業をそのままにしつつ人材を外部化することもある。第6章の本久論文「第三者労働力利用と集団的労使関係」は、その典型例である労働者派遣において、ユーザである派遣先企業の団交応諾義務について論じている。本久は、「派遣先の団交応諾義務問題に固有の理論的困難の中心は、労組法上の使用者性に関する参照軸としての労働契約上の使用者機能が、本質的な部分で、通約不可能なほどに、派遣元と派遣先とに分裂していることにある」とし、「雇用」の概念を、①2者間関係としての労働契約関係、②公法上の規制にかかる派遣法上の(使用なき)「雇用」、③労組法7条2号の「雇用」の三つに区別したうえで、③の「雇用」とは、団体交渉を法的に保障するべき労働関係と言い換えることができる、とする。

 そして、近年の判例実務において派遣法上の使用者責任の配分に依拠して派遣先の使用者性を導出する手法を批判し、派遣先は、「派遣労働者を自己の企業に組み入れて、その労働を指揮命令している者であるのであるから、労働者の給与生活の基盤である労働関係を支配する者として「使用者」であることについては、団交権保障の中核部分から導きだされる」と結論している。本久論文を含めて、近年、学説における支配力説復権の動きの中で、労働契約基本説への傾斜を強める命令・判例との対立が明確になりつつある。

 行財政改革の一環として行われている公務部門の事業再編を論じているのが、第7章の小川論文「公共部門の法的問題」である。公共サービス部門における事業再編は、民間委託、施設の廃止、指定管理、独立行政法人、市場化テストなどの手法が用いられるが、小川論文は、アウトソーシングおよび委託先変更について、雇用や労働条件に及ぼしている影響の実態をふまえ、雇用承継を確保するための立法措置の必要性や公契約条例の活用について論じている。

 第7章の毛塚論文「事業再編における労働者保護に関する立法論的検討—欧州法モデルを超えて—」は、2009年7月に連合の中央執行委員会で確認された「事業組織の再編における労働者保護に関する法律案要綱(案)」の解説・改題という体裁をとりながら立法論上の問題点を検討するもので、包括的な労働者保護法制を有しているEUの法制をベースとながらも、日本に独自の立法構想を提案している。そのポイントは、欧州においては業務のアウトソーシングがあっても、それが「事業」の移転にあたらない場合は保護の対象にならないのに対して、連合の法律案要綱および毛塚論文においては、事業移転と業務移転を区別し、業務のシステム内外部化であるアウトソーシングについては、委託元と旧委託先、新委託先の三者関係の法的問題と理解し、解雇を禁止するというルールを設定している点にある。

 その他、労働者の異議申立権、移転先が消滅した場合の移転元事業主の労働債権に対する連帯責任、グループ企業内再編における中核事業の法的責任、企業グループレベルでの労働者代表制、倒産時の事業再編規制など、意欲的な立法構想が提示されている。

 日本法の解釈論及び立法論を論じる本書第1編における以上の7つの論文に加えて、本書は、第2編「比較法の視点からの検討」として、EU法(橋本論文)、ドイツ法(松井・高橋・根本論文)、イギリス法(長谷川・清水論文)が掲載されている。いずれも最新の情報を過不足なく整理する有益なものである。

 本書の各論文は、企業を「ネットワークシステム」として把握したうえで労働法上の問題を検討する必要を改めて浮き彫りにしている。企業組織法制の大幅な規制緩和、ICT技術の飛躍的発達、シェアーホールダー利益の偏重等の環境変化のなかで、今日の企業変動における労働関係は、単独の法人格をもつ一企業の経営者とそこで直用される従業員という従来型の労働契約関係モデルによっては、もはや適切な利益調整をはかることができない。

 「ネットワークシステムとしての企業」は、社会実態としてはもはや自明のことであるが、法学の領域においては、法人格の独立性の教理や、会社法と労働法の没交渉状況もあって、十分に社会実態に見合った対応がなされているとはいいがたい。そうしたなかで、労働者保護の観点から事業再構築に係る法的問題点を網羅的に検討した本書は、理論的にもまた実務的にも重要な一石を投じるものであり、同テーマに関心を有する者にものにとって必読の書であるといえよう。


yonezu takashi
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