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  • 米津孝司

企業解散・事業譲渡における雇用と法人格の濫用(1)


 今秋、日本労働法学会は「企業変動における労使関係の法的課題(仮)」と題する大会シンポジウムを開催する。http://www.rougaku.jp/contents-taikai/130taikai.html  これにあわせるかたちで、土田道夫ほか編『企業変動における雇用の課題』が有斐閣から公刊される予定である。私は同書において、「企業解散・事業譲渡における雇用と法人格の濫用 —雇用責任法理と不当労働行為法理の交錯ー」を執筆した。以下にアブリッジメントを掲載する。

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 会社解散や事業譲渡等における雇用関係の継続をめぐる裁判例の多くは、その事実関係において、被解雇者が属する労働組合と、被解雇者の直接の使用者や親会社、事業の譲渡先との間での集団的な労使関係紛争が背景事情として存在している。実質的同一性の法理、実質的解雇の法理、偽装解散の法理、法人格否認の法理、公序法理、黙示の合意など、会社解散・事業譲渡と雇用責任に関する従来の判例や学説上の各種法理は、その判断枠組みの内に、実質上はそうした団結権保障をめぐる事情をある程度は取り込みながら発展してきた側面がある。しかしながら、それらの法理が、いかなる規範的根拠に基づき、どのような判断枠組みにおいてか適用されるのか、それら法理が相互にいかなる関係を有するのか(体系的位置付け)について、判例および学説上の一致した理解は得られておらず、理論的には、一種混沌とした様相を呈している。近年では、会社法制の規制緩和もあいまって企業グループ化が進み、会社法人格の濫用のリスクは格段に高まっており、労働法の分野においてもこれに対応する必要性が高まっている。そうした中、親会社による子会社解散と別子会社への事業の移転のケースで雇用責任の帰属方をどのように考えるべきかめぐる裁判例の登場を契機に、改めてそれら法理をめぐり活発な議論が展開されている。以下では、判例や学説における上述の各種法理の基礎にある法原理や判断枠組みを検討し、企業変動における法的紛争の核心に「法人格の濫用」の問題があるとの認識に基づきながら、企業変動における多様で複雑な労働関係をめぐる法原理と個別事案における具体的な判断の枠組みを提示する。

 企業解散・事業譲渡における雇用と不当労働行為法上の論点は、①解散決議の効力、②労組法7条の使用者性、③会社解散・事業譲渡における不利益取扱いとしての解雇・雇用非承継等の論点を軸に議論がされてきた。本稿では、このうち①については、真実解散、偽装解散の双方について議論はあるものの、今日もはや雇用責任をめぐる紛争における主要な争点ではなくなっており、また②の使用者性の問題は別章(小畑論文)が予定されているため、これら2つの論点は主題的には取り扱わず、残る③のテーマを中心に論じることとする。従来、③の紛争類型をめぐる私法学上の問題は、法人格否認の法理を軸に議論されてきたが、以下に論じるように、同法理は行政救済法理としての側面を含めた不当労働行為の一般法理に通底する法原理としての側面をもつというのが筆者のスタンスであり、本稿において、法人格否認法理の労働法における発展形態としての法人格濫用法理を中心に論じる趣旨もそこにある。

布施自動車教習所・長尾商事事件の控訴審判決以降、例外的法理としてその限定的な理解が浸透し、包括的雇用責任については基本的に形骸化ケースに限るという見方が支配的となって行くなかで、これを代替・補充する法理として、解雇法理の類推適用や実質的同一性の法理、公序による契約修正・補充的契約解釈など、各種法理の模索が行われ、それらは法の欠缺を埋めるものとして重要な役割を果たしてきたことは間違いない。しかし、他方でそれらの法理に対する批判も根強く、裁判所も必ずしも一貫した対応ができているわけではなく、法的安定性の観点からも問題がある状況にある。

 それらの多様な法理は、それぞれの出自や事案の特性に応じてその適用の可否が論じられており、実務的な有用性が認められる一方で、理論的な基礎付け、規範的根拠の点においてなお課題を残しており、学説による検討、彫琢を必要としている。私見によれば、「法人格を支配するものは、これを道具として不当な目的・態様をもって利用・濫用する場合、現行の法秩序における法人格付与の趣旨に従って、通常一般に法主体が享受する法人格の独立性を、問題になる権利義務関係に限りもはや主張できない」という法原理が、その際の中心的な規範となる。およそ法人格の付与は、社会的に存在する団体についてその価値を評価してなされる立法政策によるものなのであって、権利主体として表現せしめるに価すると認めるときに、法技術に基づいて行われるものである。すなわち法人の権利主体としての価値評価を抜きにして、そもそも法人格の独立は論じえない性質のものなのである。法人格否認法理はたしかに法の欠缺に際してなお正義を実現するために例外的に適用される法理であるが、支配企業が従属企業の法人格を支配し、これを道具として利用することで不当労働行為や解雇法理の潜脱を行うという事態は、まさにこの法人格の独立性を否定すべき例外的事態の典型事案である。

 いわゆる実質的同一性法理においては、「実質的同一性」の可否につき、法人格濫用法理における支配要件の存否判断と近似した検討が行われ、また解雇の有効性につき、法人格の利用における目的の無価値評価と相まって、事業承継企業の包括的雇用責任が肯定される。また偽装解散法理においても、法人格における支配要件の検討を行い、かつ事業活動の継承に際しての従属会社における解雇の不当性・違法性が検討されるのが普通である。これら実質的同一性法理や偽装解散法理、さらには実質的解雇法理といわれているものの判断の枠組みは、それら対象とする事案の相違に基づき、それぞれに重点のおきどころを多少異にしつつも、その中核部分は、法人格否法理の濫用ケースにおける支配と目的要件の充足の可否をめぐる判断構造とほぼ重なるのである。

 偽装解散法理等のこれら法理が、不当労働行為法理としての性格をより強く持つのに対して、解雇規制の類推適用や公序法理を介した契約補充法理(勝英自動車事件地裁判決、同控訴審判決)は、民事救済法理として発展を遂げてきた。すなわち、不当労働行為の事実関係がある場合であっても、それが必ずしも法的争点として前面に登場せず、事業承継における特定承継を前提とした労働契約法理(解雇法理、法律行為論)のレベルに、不当労働行為を含めた諸種の法的無価値評価が織り込まれている法理であるということができるだろう。

 布施自動車教習所・長尾商事事件控訴審判決以降、表面上は法人格否認法理を語らないまま、それに代替する各種法理を論じつつ、しかしその規範論理のコアの部分に法人格濫用の不法評価を暗黙のうちに忍び込ませるという法状態が最近に至るまで続いてきたのであった。そしこうした暗黙知による法実務は、法人格否認法理に代替するかたちでそれなりの役割をはたしてきたが、それら代替法理によるパッチワーク的対応の結果として、規範論理としては複雑で不透明な状態が生じており、それはもはや暗黙知を形式知化する必要がある段階に至っている。各種の代替・補充法理においては、それらの法理が規範的な正当性を持ちうるための根拠、その要石の部分に、法人格濫用に対する不法・無価値評価があるのであって、それらは総体として「労働法における法人格濫用法理」として定式化され、それぞれの主張内容が、同法理の重要な構成部分をなすものとして整理されることが望ましいと思われる。

 このような規範構造を持つものとして法人格濫用法理を理解することの意義は、事案ごとに法益状況が多様な企業変動と雇用をめぐる裁判において、可能な限り明確な法的根拠と原理的にシンプルな判断枠組の土俵を設定するとともに、その判断枠組みのなかで、事案に即した法益の考量、個別具体的な正義の実現を可能とする法的議論とこれを踏まえて心証形成を行う裁判官の裁量的判断を可能にすることにある。ここで目指されているのは、企業変動と雇用をめぐる動的な法益均衡点の探求=法発見的で実質的な法的安定性の実現である。事業譲渡における雇用承継ルールについてのコンセンサスが形成されず、その結果、法律による明文の規制がないなか、特定承継・合意承継を建前とする以上は、事業承継の事実から直ちに雇用承継を肯定することは困難というほかなく、事案ごとの法益状況、事実関係の相違に応じて、労働契約承継・包括的雇用責任の可否について、バランスのとれた法益考量と規範的根拠付けを行うことがなお必要である。(つづく)


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社会法研究者

© 2015 by Takashi Yonezu 

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