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  • Takashi Yonezu

企業解散・事業譲渡における雇用と法人格の濫用(3・完)


<労働法における法人格濫用禁止の法原理と正当化根拠>

 伝統的な法人格否認法理をより柔軟な適用可能性のある法人格濫用法理として再構成する必要性とその正当性についてさらに敷衍すれば、以下のとおりである。

 近代市民社会において会社法人格の独立性が承認された当時とは異なり、現代の企業社会においては、資本関係を核にしながら、企業がネットワーク組織としての様相を強め、情報通信技術の発達や法実務サービスの普及、会社法制の規制緩和等とともに、法人格の操作・濫用可能性が、格段に高まってきていることへの適切な対応が求められている。とくに近年、日本においては、会社法制の規制緩和に伴い、法人格の道具化、濫用の可能性が高まっているなか、商法学においてもこれまで例外法理として抑制的に適用されてきた法人格否認法理について積極的な活用の可能性が論じられるようになってきており、労働法の領域においてこそ、この動きを先導することが期待されている。

 企業変動と雇用責任をめぐって、判例および学説において論ぜられてきた法人格否認法理や解雇法理類推適用論ほかの各種法理は、一方における法人格の独立性と営業の自由、他方における労働者の「雇用上の地位」に係る法益の、各事案に応じた最適均衡点を模索するなかで生み出された苦肉の法理であった。だが、それらは、企業変動と雇用をめぐる多様な事案類型ごとに、いわば鱗状に継続構築されてきたため、それら法理の規範根拠や相互の関連性については、なお不透明な部分が多く残されており、この問題をめぐる関係当事者間の微妙な法益調整を可能とする規範としては、いまだ安定性のある状態とはいえない。

 企業変動における労働者の雇用上の法益侵害という事態について、形式上第三者に立つ親会社等の支配企業が、その法人格の独立性をもって、帰責性を回避することが正当化できるかどうか、ということがこの問題の本質である。そして、この問題をめぐる議論のさらに背後にあるのは、我が国において株主と企業と労働者の関係をどのように考えるかという企業観をめぐる対立である。企業統治についてシェアーホールダーモデルを軸に、かつ企業と労働者の関係についても、取引的債権債務関係として割り切るのか、それとも企業という存在を、それに係る(株主と労働者を含む)ステークホールダーの利益の創造と調整の「場」と捉え、企業とそのステークホールダーの法人格の独立性と責任の限定性も、企業の事業活動にコミットするその質と程度において相対化される、と理解するのか。日本の企業社会は、企業活動における倫理としては後者のモデルを暗黙の了解としてきたように思うが、法的には前者の建前を基本としてきた(とりわけ親会社や株主について)。法人格否認法理の三部作とその後の判例・学説においては、両企業観のせめぎ合いがあったが、法人格否認法理の例外性が強調され、また90年代以降のシェアーホールダーモデルによるコーポレートガバナンス論隆盛のなかで、企業変動における雇用問題に、親会社等の形式第三者は、基本的に責任を負わない、という見方が支配的であったと思われる。しかし、企業社会をとりまく環境変化は、こうした企業観とそれに基づく法的議論に軌道修正を促している、というのが筆者の認識であり、本稿における労働法における法人格濫用法理も、そうした理解に基づいている。

 企業のステークホールダーによるコミットメントの質と程度に応じて、当該企業とステークホールダーは相互にその法人格の独立性が相対化される、という理解にたつとき、支配企業等は、解散企業等に対する支配等のコミットメントの程度と、その行為の法的無価値評価、そして被侵害法益の程度に応じて会社解散等に伴う解雇によって雇用上の利益を侵害された労働者に対して、自らの法人格の独立と異別性、それに基づく無答責を主張しえない、これが法人格濫用法理の意味するところである。法人格の現実的・具体的な独立性評価と行為の無価値評価に応じて、その法人格の独立性・異別性が相対化することで、法人格の独立に基づく法的責任の限定の利益を失う場合が生じてくるのである。

 企業組織変動・複数労働関係における雇用に関わる支配企業・背後企業の雇用保障に関わる法的責任・義務について、それが集団法上のものであれ、個別法上のものであれ、これまで述べてきた「労働法における法人格濫用」という評価を導出するためのより基底的な規範的根拠が、少なくとも理論的には必要となってくる。法人格が異なるのであれば、たとえ支配的な影響力の行使により企業組織変動が生じ、雇用が失われたとしても、直接の雇用主(使用者)ではないのであるから、法人格の独立性と取引の自由を尊重すべき市民法の原則からは、道義的な責任は問題とはなりえても、雇用に関わる法的責任を問われるべきではない、という議論に対して、雇用に関わる法益保護・労働法的規制の根拠を、もっぱら労働契約上の相手方たる使用者との直接関係における従属性に発する社会政策的な弱者保護として捉え、契約上の使用者に対する限りでの相対的な効力しか有さないものとして雇用上の法益を捉える限りは、この種の議論に有効には対峙できないと思われる。

 かくして、直接的な契約の相手方を超えて、第三者に対してもその権利・法益を主張しうる権利として「雇用上の地位にあること」を理解する必要がここに生じてくる。一方における法人格・権利主体としての独立性の相対化と他方における労働契約上の地位の対世的権利化、そして両者の相関関係的な評価の枠組みによって、事案ごとの法益の均衡点を探る動的でかつソリッドな法的議論が可能となると思われる。


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社会法研究者

© 2015 by Takashi Yonezu 

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