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  • Takashi Yonezu

欧州司法裁判所の「労働時間」概念に関する判決


今年の9月に欧州司法裁判所ECJで重要な判決があった。

JUDGMENT OF THE COURT (Third Chamber) 10 September 2015 (*)

http://curia.europa.eu/juris/liste.jsf?num=C-266/14

自宅と職場との移動時間が2003年のEC労働時間指令における「労働時間」にあたるか否かに関する判断。労働時間の概念について、EU法は日本法と同様に客観説ととりつつ(当事者の意思・契約よって決まるわけではない)、使用者の指揮命令下にあるか否かを要件としている。この労働時間の概念に従えば、自宅と職場の移動時間や休憩時間は労働時間として計算されないが、今回の事案のように、ときどきの顧客の指定に基づいて、自宅から日ごとに異なる顧客指定先の場所に移動する労働者の場合、顧客の指定に基づき自宅から顧客指定先に向かうことが労働契約上の義務内容になっていると考えられ、これが労働時間になりうるという考え方。2003年指令における生活条件と労働条件の改善、労働者の安全と健康の確保という法目的についての目的論的解釈に基づく判断。

もっとも労働時間に該当するとしても、その場合の賃金請求権については、2003年指令は規律しておらず、各国法の判断に委ねられている。

ちなみに日本でも労基法40条における労働時間規制については、賃金規制とは切り離されており、たとえば時間外割増賃金の支払いを義務づけている労基法37条についても、25パーセント(時間外)や35パーセント(休日労働)の割増計算の基礎となる賃金請求権それ自体の具体的な内容は、契約解釈に委ねられているというのが最高裁の理解(最高裁第一小法廷平成14年2月28日民集56巻2号361頁)。

製造業における固定的な労働場所と画一的集合的な労働時間管理を念頭に形成されてきた20世紀までの労働時間規制を、21世紀における産業構造の変化と企業活動のネットワーク化、働き方の柔軟化・多様化、それらがもたらす生活時間と労働時間の境界の曖昧化にどのように対応させるべきか、そのなかでワークライフバランスをいかにはかってゆくかが、近年、各国に共通の課題として認識されつつあるが、今回の判決はその議論に重要な示唆を与えるもの。

日本でも同様の問題に直面しているが、日本政府はこの間、規制緩和を基調とした政策スタンスをとってきた。直近では立法化に至らなかったホワイトカラー・エグゼンプションがある。だが、政策担当者において、労働時間法制の全体的な課題を踏まえた上で今回の提案が行わたようにはみえない。ホワエグが投資家・経営者・人事管理担当者に根強い人気がある理由はわかるし、なかには労働時間の過剰規制の事案もあることは否定しない。だが政策効果とリスク評価が不十分なままに安易な方向に流れる前に、他にも検討すべき課題があるはずである*。

労働時間管理の弾力化が進み、さらにその圧力が強まるなか、人間の肉体的及び精神生理に対するストレスはシステム維持の臨界点にさしかかりつつあるように思われる。そうした中、労働時間規制は、それが元々趣旨としてきた「労働力の保全」をより広いコンテクストで捉え直しつつ(家族的、社会的、文化的な文脈で把握されるコモンズとしての労働力の涵養)、生活時間との関連において、より真摯にその実効性の確保が目指されてゆくべきものと思われる。その場合、守るべきもののコア部分を強力にガード・涵養しつつ、環境とのインターフェースにおける柔軟対応能力を高める、という法政策設計が求められる。

この観点からは、2003年EC指令にもあるような休息時間保障(2003年指令によれば終業時刻から次の始業時刻までの間隔が11時間なければならない)がまずは必要であろう。また労働時間の概念については、指揮命令下にあるか否かの具体的判断において、可変的な評価が可能な「業務性」を重視する方向に向かうと思われるが、加えて「指揮監 督」や「使用者の関与」のメルクマールについても、生政治学的な知見を踏まえての再構成という考え方もありうるだろう**。その場合、欧州裁判所が重視する労働時間規制の法目的(生活条件と労働条件の改善、労働者の安全と健康)が重要な役割を果たす。これは特に日本において、企業社会の根元を蝕むメンタルヘルスの問題に対する対応策としても喫緊の課題かもしれない。これまでも判例の中で、労働時間性判断についての目的論的な解釈説示において、生活条件や労働者の健康に言及したものはあったと記憶しているが、これを理論化し、不可欠の考慮要素として確定すべきだと思う。

さらに欧州諸国、とりわけオランダのパートタイム労働にみるような、労働時間の選択的な調整の権利の確立も重要な政策課題となる。パートタイムとフルタイムの相互移動の権利やパートタイム労働における均等待遇原則の実現は、その際の中心テーマである。

経済社会の基礎条件に大きな変動の圧力があるときに(近代以降の第二の「大転換 Great Trtansition」)、秩序あるかたちで進化を果たすためには、よほど慎重にその法的枠組みを設定する必要がある。この変動変容圧力を甘く見て、安易な規制緩和で対応した場合、当該のシステム(労働市場や企業社会、コモンズとして労働力)は機能不全に陥り、場合よっては回復不可能なダメージを受ける。我々は過去20年の経験でそのほことをいやというほど学んだはずなのだが。。。。私が上に述べたような法政策の方向は、日本の経営者からはラジカルすぎると受け止められるかもしれないが、おそらくそれは日本企業の自前の潜在力とその現状とのギャップに対する認識の差の問題であろう。

*ホワエグについては、今回提案されたようなものでは駄目だと思うが、理論的にまったく検討の余地がないと考えているわけではない。もっとも当面の法政策課題からはすっぱり外すべきだし、現行法においても解釈論によって、過剰規制にはならない対応は可能である。

**日本資本主義の驚異的ともいえる成長は、その高度に洗練された生政治的メカニズムによるところが大きかった。生権力の作動するフィールドとして企業システムをみたときに、バブル崩壊に至までの「ジャパンアズナンバーワン」の評価はあながち誇張とはいえない。日本の企業システムは、生政治学的分析によって明らかにされる倫理的なガバナンスメカニズムを主題化することなくしては、そのリアルに迫ることはできない。従って労働者の権利問題を考える場合も、その視点が必要となる。

37 Conversely, it is apparent from the case-law of the Court that the possibility for workers to manage their time without major constraints and to pursue their own interests is a factor capable of demonstrating that the period of time in question does not constitute working time within the meaning of Directive 2003/88 (see, to that effect, judgment in Simap, C‑303/98, EU:C:2000:528, paragraph 50).

38 In the present case, it follows from the details provided during the hearing by Tyco that it determines the list and order of the customers to be followed by the workers at issue in the main proceedings and the times at which they have appointments with its customers. It also stated that, despite the fact that a mobile phone was provided to each of the workers at issue in the main proceedings, on which they receive their itinerary on the eve of the working day, those workers are not required to keep that phone on during the time spent travelling between home and customers. Thus, the itinerary for getting to those appointments is not determined by Tyco, the workers at issue remaining free to get there via the route they wish, with the result that they can manage their travelling time as they see fit.

39 In that regard, it should be stated that, during the time spent travelling between home and customers, workers in a situation such as that at issue in the main proceedings have a certain freedom that they do not have during the time spent working on a customer’s premises, provided that they arrive at the designated customer at the time agreed upon by their employer. In any event, it should be stated that, during the necessary travelling time, which generally cannot be shortened, those workers are not able to use their time freely and pursue their own interests, so that, consequently, they are at their employer’s disposal.

今回の判断は、現在進行中の2003年労働時間指令の改訂作業にも影響を及ぼすものとおもわれる。

com2010_801_en.pdf


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社会法研究者

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