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  • Takashi Yonezu

民主主義と経済合理性(効率性)


民主主義と経済合理性(効率性)、従来、両者はいずれかといえば対立矛盾するとの理解が支配的であったと思う。しかし、21世紀第一四半期において起こりつつある「第二の大転換」のプロセスを経て、両者は対立矛盾から調和相乗の関係へと移ってゆく。企業および事業所レベルの共同決定制度が確立しているドイツや政労使三者のボルダーモデルが定着しているオランダの経済力が、とくに今世紀に入って以降、他の先進諸国にくらべ比較的安定していようにみえるのは示唆的である。

組織や共同体の構成員の互酬的なコミットメントを調達しつつ組織が運営され機能する、という広義におけるコーポラテイズムの原理において、ドイツやオランダともある程度の共通性をもつ日本の企業社会は、20世紀、驚嘆すべき高い経済パフォーマンスをあげてきた。ただそれは、ドイツ、オランダのような法の支配に基礎付けられた西欧型の多元的民主主義の原理ではなく、共同体の互酬性規範を、明確なルールや原則に準拠させることなく暗黙知の様式においてより巧みに経済合理的、資本主義適合的に再編成、再組織化することで獲得されたもので、フェミニズの古典的用語でいえば、いわゆる家父長制原理に基づく恭順・同調と、それと見返りで提供される(パターナリズムによる)保護の関係、でもある。近年、日本企業の特徴として語られるメンバーシップ型雇用(これと対をなすのがジョブ型雇用)が生み出される背景もここにあり、また過労死に典型される労働者の健康悪化や社会的格差問題の発生原因として、このパターナリズムの機能不全を見落とすことはできない(労働者とその家族の会社への自発的順応から半強制的順応への転化、会社による保護の放棄)。

西欧近代以降の資本主義が、画一的統一的な企業組織、労働組織を特徴とする製造業を基軸に展開し、労働者と経営者・資本家の利害対立が比較的明瞭であったことから、「階級」としての両者の組織化が進んでいく。団体交渉による労働条件決定が当該経済社会の経済効率性を左右する最大要因であった20世紀、西欧民主主義の諸国において、それは強力な労働組合運動とそれを基礎とする政治勢力(社会(民主)主義)に対する資本の譲歩というかたちで、資本蓄積の速度、集中化にブレーキがかかることで経済効率性はかなり減殺されざるをえなかった。そしてそれは資本主義経済を成り立たしめている社会の持続可能性を維持するために必要なコストでもあった。

対して日本は、近代以降、列強諸国からの侵略に対する防衛、そのための富国政策、第二次世界大戦後は、パックスアメリカーナの忠実な支持者という、より上位のミッションに、近現代の日本資本主義が従属する傾向を示す一方、西欧諸国とは異なって、階級的対立が体制危機へと昂進しこれへの対応として社会民主主義が定着するというプロセスを経ることがないままに社会労働運動の体制内馴致が進んでゆく。共同体や組織へのコミットメントが、明確な利益の対立関係を踏まえた対等な議論、交渉と合意(民主主義)によるのではなく、上記のように、家父長制的パターナリズムによるそれであったことから、取引コストが大幅に節約されるとともに、経済危機下において、迅速な方針決定とその決定の方向性にしたがった個々の構成員と家族のコミットメントが調達され、いわば総動員態勢のなかで経済組織の高度なパフォーマンスが現出した。その際、日本の政治行政においては、法の支配、民主主義、人権保障といった諸原則が、総動員態勢下の経済効率性に従属することとなった(戦後、個別企業レベルでこの総動員体制を支えた労働法規範が就業規則であるが、その規範的的効力は戦時中に創設された工場法の規定に由来している)。オイルショック以降により顕著な現れ方をした日本経済の強さは、労働者個人とその家族のエシックス管理の暗黙知、生権力的なメカニズムによるところが大きいと思われる(バブル崩壊後の日本における過労死、過労自殺の深刻化もこのことに関係している可能性がある)。それまでの欧米の経済理論、経営理論、社会理論では説明の付かない事態を前に、日本的経営、日本的ガバナンスに対して、高い関心が集まったのは当然である。

しかし、バブル崩壊を経て、この日本経済の高パフォーマンスを支えてきた政財官の縁故的ネットワークを基礎とした日本型コーポラテイズムの組織原理は逆回転(逆機能)し始める。日本的組織原理に対する懐疑が急速に広まるとともに、折からの新自由主義的潮流の台頭のなか、トップダウン型のガバナンス、より短期的な「目に見える=数値化可能な」経済効率性が重視されるようになってゆく。そうした方向性をもって政府主導で押し進められてきた一連の各種「改革」は、民間企業への利権の移転、あるいは利権集団の看板の掛け替えに止まり、結局のところ、本来必要とされる日本社会のイノヴェーションをもたらすものではなく、中間層の凋落、社会的格差の拡大、メンタルヘルス悪化、出生率の低下、潜在成長率の低下というかたちで、日本経済をその基礎から蝕むものでしかないことがはっきりしてきた。日本社会は、国際政治および国内政治を、世界の覇権国家である米国のガバナンスにほぼ丸投げすることで(旧経世会系勢力や民族派による自主独立路線は抑圧された)、民主主義のコストを節約し、そのことで生じた余剰リソースを経済に集中してきたのだが、ここにきて、民主主義の成熟の取り組み、それを支える法の支配(立憲主義)を疎かにしてきたそのツケが回ってきている。

社会が急激な変化のただ中にあるとき、それに対応するためには迅速な方針決定と上意下達的な実行が、一見すると効率的であるように見える。しかし、社会の変化が、より根底的で、ものごとが、プリンシプルのレベルでの変更圧力に晒されているときに、実はこの上意下達式の組織原理は、うまく機能しない。現実が混沌とした様相を呈するときに、複雑かつ変化の激しい環境に適応して、組織が進化してゆくためには、一部エリートによる方針決定(規範設定)と、その細則的ルールにしたがって執行するというかたちには無理がある。ある一定の環境条件の下において最適のルールであっても、それは当該条件の変化とともに、容易に逆機能化する。環境条件変化とともに現実と対応しなっくなったルールや制度が、当該のルールや制度に絡む利益集団の圧力を背景に効率性を無視するかたちで維持されることで官僚主義と腐敗がはびこるようになる。

変化する現実は、現場の人間や組織(基礎的な組織構成員)によって感得される情報を通じてそのリアルが把握される。そして当該の社会的現実に関する精度の高い情報に基づく現実的な方針決定と行動、結果の分析総括、そして新たな方針決定へという循環サイクルを実現するためには、比較的限定された基礎単位の組織と人による自律的な裁量的判断に委ねる部分が大きくならざるを得ない。

社会の基礎部分における変化(21世紀の「第二の大転換期」においてそれはグローバル化、ICT革命、持続可能性に係る制約要因が基底的ファクターである)*が起こっているときに必要とされる組織原理は、分散自律型のそれである。現場の人間が、当該現場のニーズ、問題を把握し、知恵を集めて、存在する利益の対立を調整しつつ、チームワークを基本としたネットワーク的な組織、コミュにテーを運営する。ヘッドクオーターの役割は、組織的自律性をもった基礎組織における各種情報を集約し、より広いコンテクストにおいてそれを当該組織の基本ミッション、基本方針との関係において意味付けし、基礎単位組織にフィードバックしつつ単位組織間のコーデイネーションを行うことで、その基礎単位の自律的運動をミッション適合的に誘導することである。そうした分散自律型組織において必要とされるリーダーシップは、トップダウンではなく、企業やその他の組織、共同体におけるコモンズとしての価値を協働的に創造、実現するための集団的リーダーシップである。そこでは暗黙知と形式知の恒常的な相互循環な進化が達成されなければならず、そのためには基礎的構成員の組織へのコミットメントとそれを可能とする情報開示と議論、交渉、そして合意ベースの決定とその実行による組織のインテグリテイーの高度化が必要となる。

かくして21世紀、経済合理性(効率性)は、集団的・民主主義的なコミュニケーション能力の高度化・成熟とそれを通じての組織の自生的・自省的進化との間で正の相関関係をもつようになってゆくのである。

<付記> 労働法の領域で経済合理性(効率性)と民主主義に関する上記のコンセプトを典型的に体現しているものの一つが、社会的対話によるソーシャルヨーロッパ形成の試みである。マーストリヒト条約以来本格化した社会的対話方式は、今日、各国ごとに多様な協約自治の基礎の上に、EU加盟国政府、EUの関係機関、ナショナル及び欧州レベルの各セクターごとの労使団体、研究機関等、ステークホールダーによるOpen Method of Cordination (OMC) と呼ばれるボトムアップ形式の漸進的な超国家的労働法規範形成の手法として、従来のハードローを基本とするトップダウン形式の規範形成に徐々に取って代わるものに成長しつつある(ソフトローアプローチの一種)**。TPPによって、アジア太平洋地域における超国家的な経済秩序形成(経済統合)が現実味を帯びる中、そこにおける人間の安全保障の中核を担うべき国際的、超国家的な労働社会法規範の形成もまた現実的な課題となりつつある。もちろん歴史的、文化的、経済的、政治的な文脈を異にするアジア太平洋地域について、EUの手法をそのまま真似ても機能しない。しかし、経済統合のプロセスにおいて、経済効率と民主主義の折り合いを付けていく、そして相互の相乗効果のメカニズムを形成してゆくことなし、21世紀の大転換に適応し、社会を進化させてゆくことができないことも確かなことだろう。

*水野和夫がいう利子率革命は、それがモダンの意味における資本主義的な蓄積と生産様式の限界を示す兆候として、これらの三つのファクターとも密接に関係している。 **渡辺章「労使関係と「社会的対話」について」労働法学会誌124号(2014年)


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社会法研究者

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