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  • Takashi Yonezu

働き方改革 労働時間規制のゆくえ


 「日本企業は発想の転換がいる。働き方改革に伴って過剰な残業を見直す企業が増えたが、残業時間が減れば残業代も減る。短い時間で効率よく働いても、時間で測る従来型の賃金体系では働く人に成果を還元できない。」「高いスキルを持つ人には、成果に応じて高い賃金を払う仕組みが必要だ。優秀な人材には高い賃金で報いなければ、人材の獲得競争で海外企業に後れをとる。」「政府は労働規制の緩和などで企業の背中を押さなければならない。時間ではなく仕事の成果で賃金を払う「脱時間給制度」の整備は関連法案の審議が先延ばしにされてきたが、22日召集の通常国会で議論される見通しだ。」

 これはある全国紙の本日付の記事から引用した働き方改革についての記述だが、労働時間法の規制緩和論の発想を要約的に表現している。

 一見もっともらしいように見えるが、実は曖昧なロジックで労働時間の規制緩和へとミスリードする残念な議論。

 日本の賃金が世界に見劣りするに至った主要因は、歯止めのかからない労働組合の弱体化と使用者への過剰忖度、労働者の権利保障の不十分さ、シェアーホルダー資本主義のイデオロギーを背景とした規制緩和と非正規雇用の増大による労働者のディスエンパワーメント、経済社会の環境変化への経営者による対応の遅れ、などである。これを労働法の規制(硬直性)に帰責させる議論を、日本のエコノミスト、マスメデイアは、過去四半世紀の間、延々と繰り返して来た。そして今回の働き方改革においてもその愚が繰り返えされようとしている。

 仕事内容に即した賃金体系へのシフトは必要。しかしそれは日本で一般に理解されているような成果主義賃金制度を意味しない。

 優秀な人材に報い、あるいは平均的な労働者のモチベーションを維持・向上させることを通じて持続可能性な形で生産性・競争力を高めて行くためには、

①仕事(広義の職務内容)に応じて時間当たり賃金を大幅に上昇させる

②ライフステージに応じた生活時間設計が可能になるよう労働時間にキャップをきっちり嵌める、

③オフィス滞留時間の長さや上司への恭順・忠誠が評価基準とされ、定時退社することがキャリアにマイナスになるという日本の企業文化・残業文化を根本的に改める、

といったことがまずは必要。

 これらの中で法改正が必要なのは、労働時間にキャップを嵌めるための上限規制のみ。インターバル規制(退社と出社の間の休息時間を確保する措置)の実現が望ましいが、仮にそれができないとしても、まずは青天井で働かせることが出来てしまう現行制度を改め、絶対的な上限規制を導入することを先行させるべきだろう(グローバルスタンダードは週48時間)。

 「時間(の長さで)で測る従来型の賃金体系」というのは、現行の労働法が予定するものではない。それは、時間外労働抑制のための割増賃金による制裁という例外的な規制(労基法37条)についてのみ部分的に当てはまる技術的手法に過ぎない。

 この例外的な規制の副作用を針小棒大に取り上げつつ、現行の労働時間規制の背骨にダメージを与え、結果として働き方改革の目的に逆行する恐れがあるのが労働時間規制エグゼンプションであり、裁量労働制の拡大である。わが国における一般サラリーマンの賃金制度は、そもそもそれから脱すべき「時間給制度」ではない。

 無駄な残業・フリーライダーが蔓延する現状は、過剰な同調圧力に依存して長時間労働を放置してきた結果、適切な時間管理を行う能力を失った企業マネジメントの側に起因するところが大きい。長時間労働・生産性の低さを労働時間の法規制に帰責するのは、経営・管理職層が企業内の改革に伴なう軋轢・困難から逃避するためのスピンのように思える。

 特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)の創設は、職務の範囲が明確で一定の年収(少なくとも1,000万円以上)を有する労働者が、高度の専門的知識を必要とする等の業務に従事する場合に、健康確保措置等を講じること、本人の同意や委員会の決議等を要件として、労働時間、休日、深夜の割増賃金等の規定を適用除外とするものとされる。具体的には、金融商品の開発業務、金融商品のディーリング業務、アナリストの業務(企業・市場等の高度な分析業務)、コンサルタントの業務(事業・業務の企画運営に関する高度な考案又は助言の業務)、研究開発業務等を想定している。

 また、企画業務型裁量労働制における対象業務の拡大は、

A 課題解決型提案営業(ソルーション営業)

取引先企業のニーズを聴取し、社内で新商品開発の企画立案を行い、当該ニーズに応じた商品やサービスを開発の上、販売する業務 等

B 裁量的にPDCAを回す業務

全社レベルの品質管理の取組計画を企画立案するとともに、当該計画に基づく調達や監査の改善を行い、各工場に展開するとともに、その過程で示された意見等をみて、さらなる改善の取組計画を企画立案する業務 等

とされている。

 高プロ制度については年収要件や対象業務が省令で変更出来てしまうことや、健康確保措置の不十分さ、裁量労働制については現に生じている濫用について、これを防ぐための有効な手立てに乏しく、今回の措置はこれをさらに拡大する恐れが大きいことなど、様々な問題が指摘されている。これらはいずれも、曖昧な定義の業務内容を基準に法律的な規制を行い、これを補うための肝心の解釈運用を行政の手にゆだねてしまうという、労働時間規制のあり方としては法技術的にも稚拙な手法を採用していることに起因している。

 これまでのところ高度プロフェッショナル制度に対する危惧が語られることが多かったが、むしろそれに劣らず裁量労働制の対象業務拡大の濫用リスクは高いように思われる。

 今時の法改正案でターゲットにされている対象業務は、確かに現状では法案の残業時間の上限規制(月100時間)を相当に超えているケースも少なくない。経営側は、これら対象業務の規制を緩和することとバーターで上限規制をめぐる議論の席につくことを了解した可能性がある。

 なるほど、モルガン・スタンレー事件で問題となったような金融ディーラー(年収数千万)のケースや、それなりに厚遇されている研究職(厚遇されていない研究職も多い)が、オフィスに滞留している時間について通常の労働時間における時間単価で残業代を請求するのは、ちょっと如何なものかとも思われるし、上記A・Bのように顧客対応や全社的な擦り合わせが必要な業務において、労働時間管理が難しいということはあるだろう。

 しかし、そうした難しさを理由に労働時間規制の緩和を法改正の中心に置くようなことは、現状の企業文化、ビジネス慣行が維持されることを前提としたものである点で、21世紀の経済社会の構造変化に対応して企業社会の生態系を進化させるための国家的プロジェクトたるべき働き方改革としは、あまりにビジョンや志を欠くものであるように思う。

 ちなみに、高プロ制度で対象とされている業務について生じうる問題は、現行法の枠内での賃金制度の見直しで対応可能であるし、裁量労働制の改正案が前提とする立法事実に関しては、そこでの労働時間管理の困難を乗り越えてこそ、新しい企業文化が生み出される。個別の企業レベルでは対応が難しい側面があることはわかるが、それに足を引き摺られて働き方改革の大目標の実現が骨抜きになるということでは情けない。個別企業・ミクロレベルで生じる問題については、行政的あるいは業界団体あるいは企業レベルでサポートする体制を構築すればよい。

 私自身は、上限規制の例外・労働時間規制の弾力化を一律に排除すべきだとは必ずしも考えてはいない。しかしこれらは、まずは現行法において、事実上、青天井の労働時間が許容されている現状を改め、その定着の度合いを見定めつつ、時間をおいてじっくりと検討するのが筋だろう。

 欧米諸国に較べて企業に拘束される時間が長く、賃金水準・生産性が低い現状に鑑みたときに、この現状を改革する可能性に乏しく、むしろこれを固定する方向に機能する恐れのある今回の労働時間規制の提案にはにわかに賛成できない。

 将来的には、よりきめ細かな業務・職種ごとの柔軟な規制の在り方や労働者の「自由な意思」と自発的選択に基づく労働時間のあり方が検討されて良い。しかし、それは本来、原則的な事項を簡潔に定めるべき法律によるのではなく、労働法の規制ツールとしては労働協約や労働契約などの社会自主法とのコンビネーションで実現されて行くものである。しかし、こうした労働法全体の規制ツールを念頭においた制度設計の可能性については、今回、全く議論が欠落している。

 それにしても、本来、労使交渉を通じて実現されるべき賃上げが、政府の介入で推し進められることが常態化することの異常さを、関係者はどう考えているのであろうか。真っ当な賃上げは、労働者の権利保障と労働組合の取り組みを通じて実現するということでなければ持続可能性がなく、経済社会に歪みをもたらすことになりかねない。

 空前の内部留保がブタ積みされる一方で、労働者が長時間労働・低賃金に喘ぐという現状は、労働者のエンパワメントによってこそ打破できる。政府がテコ入れすべきはこの点に他ならない。


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社会法研究者

© 2015 by Takashi Yonezu 

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