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日通川崎事件・上告審 意見書要旨


米津孝司 (中央大学法科大学院教授)




はじめに


 本件原審の判断には法の解釈・適用における看過し得ない過誤があり、最高裁における慎重な審議が期待される。上告審においては、あらためて日立メディコ最高裁判決をはじめとする雇止め法理と労契法18条・19条の趣旨・目的にそくしたあるべき解釈に基づく判断がなされるべく、目下、東京事件の控訴審判決を含めて、日通・更新上限条項2事件についての詳細な判例評釈を作成中であるところ、上告受理の可否をめぐる決定前に、その要点を記載した書面を提出する次第である。

 以下では、三つの論点に限定して論じる。第一は、労働契約法19条の規範構造(いわゆる「合理的期待」と厳格な二段階審査について)、第二は、本件更新上限条項の同意は、自由意思の法理の規範射程外か(最高裁判例における自由意思の法理の適用範囲は労働条件変更事案に限定されるか)、そして第三が、本件における更新上限条項の挿入時期が契約締結時からのものであることについての法的評価である。



一 労契法 19 条につき厳格な二段階審査を採用すべきか

 

 本件の東京地裁、および原審東京高裁判決は、いずれも労働契約法19条の解釈について、厳格な2段階審査論を採用している。

労働契約法 19 条における雇止め判例法理の条文化を契機に、近年、特に 2 号ケー スとされる事案について、契約更新(雇用継続)への合理的期待の存否を第一段階審査とし、そこで合理的期待の存在が認められて初めて 19 条柱書きの客観的合理性・社会通念相当性の審査に入ることができるとの理解、いわゆる二段階審査論 (それぞれ「適用審査」、「効力審査」とも称されることがある)が行われるようになってきている。 しかし、厳格二段階審査論者は、有期契約は本来期間満了によ り自動終了するもので、更新(雇用継続)への合理的期待の存在が肯定されて初めて例外的に第2段階に入ることができる、というのみで、そこでは、有期契約一般 ではなく、本質的に継続的で信頼関係的な性格を有する労働契約における期間の定めの持つ意味や、事実としての「更新(雇用継続)への期待」が、何故に契約更新を規範的に根拠づけることになるのか、などについて十分な法原理的検討がなされているとは言い難い。

 労契法 19 条の規範構造論として指摘されるべきは、2 号ケースのみならず、実は 1 号ケースにおいても保護される法益は、契約的正義に根ざした「更新(雇用継続)への合理的期待」であり、ただ 1 号ケースは 2 号ケースに比べて、その要保護性が大きいというに過ぎない。 簡潔な日立メディコ事件最高裁判決の文言は、さまざまな解釈に開かれているが、同判決文のみからは厳格な二段階審査と、「適用審査」 としての第一段階の審査におけるオールオアナッシング的な厳格な要件として「更新への合理的期待」が措定されているものとして読むことは困難であるように思われる。むしろ「ある程度の継続が期待され」、契約の反復更新などを通じて、そこに一定の要保護性が認められる場合には、基本的には解雇権濫用法理の類推適用を行い、雇止めの客観的合理性・社会通念相当性の枠組みにおいてその要保護性 (適法性)の審査、すなわち原告に生じている更新(雇用継続)への期待が(客観的に)合理的なものとして法的保護に値するかどうかの検討を行うべし、というの が判例の趣旨であると解されるのである(この場合、いわゆる「更新への合理的期待」は、19 条における保護法益を表現したものとの理解になる)。

 上記のように理解される日立メディコ事件最高裁判決をはじめとする判例が形成してきた雇止め法理は、雇用契約における期間の定め、そして雇止めという行為の法理的な意義にも合致したものである。すなわち、従来、一部の有力学説・判例は、雇用契約において期間を定めることに は何らの法的な制約も存在せず、使用者には自由に(事実上恣意的なものを含めて)期間を定めることができるとの理解を前提にしつつ、例外的に一種の信義則法 理として雇止めを違法とし、更新という形で契約締結を「強制する」ことができる、と理解してきた。しかしながら、法的なルールとしては顕在化することはなかったものの、日立メディコ事件最高裁判決に至る判例における雇止め法理を形成してきた裁判官には、有期労働者が使用者の恣意的な期間設定によって、不安定で劣悪な雇用・労働条件の下に置かれるべきではない、との暗黙の法感情(価値判断)が 存在していたと思われる。そしてそうした法感情(価値判断)は、実は契約論的にも正当化が可能なものであるとともに、裁判官が暗黙に行う憲法的な価値秩序に適合的な心証形成のための基礎としても機能しているのである。

 使用者が、恣意的に期間を定めることで 契約責任から解放されるための手段を確保する一方で、有期契約を更新延長することで自己利益のために労働力を使用し続ける、ということは契約法理としても無制約に許容されるものでは本来なく、少なくとも法倫理的には、契約目的の実現と期間の定めとの間に、何らかの合理的な関係性が存在すべきだということになる。そして両者(契約目的の実現と期間の定め)の間に、何らの脈絡もなく、ただ契約上 の強者である使用者の利益(解雇規制の回避、雇用調整弁など)のためにのみ期間の定めが置かれているような場合には、これを法的にも消極的な評価に傾くことに なる。日立メディコ事件最高裁判決に至る判例の道程は、日本の裁判官が、右のような雇用関係についての法倫理を基礎に、期間の定めにおいては合理的な理由を要求しない(入口規制はしない)という建前を維持しつつも、なお契約目的の実現と 期間の定めとの合理的な関連性への要請を、雇止め(出口)における規制という形 で背後から表現したものと理解することができるのである。それは、雇用社会にお ける法倫理が、雇止めされた有期労働者たちの契約正義実現の訴えを媒介に、実定法としての判例法理へと昇華、結実していくプロセスであったと言いうる。

 労働契約法 19 条をそのまま条文化したとされる日立メディコ最高裁判例へ至る判例法理の展開を以上のように理解したとき、それは同判例法理を条文化したとされる労契法 19条の解釈にも反映されるべきということになる。

 すなわち雇止めについて労働者がその不当(違法)を訴え雇用関係の継続を主張する場合、解雇権濫用法理の類推適用を行うというのが原則であり、業務内容、地位の臨時性や更新回数、手続きの厳格さ、使用者の説明、雇用期間、雇止めの実例などから推論される期間設定の目的や合理性に鑑みて、有期労働者における更新への期待に要保護性が認められない場合に限り例外的に解雇権濫用法理の類推適用を行わないことが許される、ということになる。従って、 19 条柱書きの客観的合理性・社会通念相当性の審査の不実施を主張する使用者は、 上記の間接事実の主張を通じて、契約目的実現可能性との関係において、雇止めされた労働者について更新への期待の要保護性が存在しない旨を主張・立証することが要求される。

 労契法 19 条の規範構造に関する以上の解釈に大きな誤りがないとすれば、原審判決のように、2 号ケースにおいて「更新(雇用継続)への合理的期待」をことさら 厳格に要件事実化し、その要件の充足がない限り、本条柱書の客観的合理性・社会 通念相当性審査に入らない、とする解釈は、必ずしも説得的なものとは言えないことになる。本意見書においては、第1段階審査と第2段階審査を一応は区別するも のの、両審査段階の区別は、法的判断における思考経済に寄与するという法技術的な性格を持つ相対的なものにとどまり、同区別は労契法 19 条の規範構造の本質に根ざす、要件論に直結するところの法原理的な区別であるとする見方は採らない(従って第1段階審査と第2段階審査について、これを「適用審査」、「効力審査」と 厳格に区別して呼称することはしない)。そして、同条 2 号の「更新されるものと期待することについて合理的な理由があるもの」であるのか否かの判断は、一律に 「あるか、ないか」という判断としてではなく、基本的には、有期労働契約の更新をめぐる紛争の実態がそうであるように、大きいものから小さいものまで、無数の グラデーション的な形で存在する更新に対する期待についての法益衡量的な判断と してこれを理解する。そして、右のグラデーション的な衡量的判断との相関関係に おいて、19 条柱書の客観的合理性・社会通念相当性という中核的な要件についての審査密度が異なってくるのである。すなわち更新への期待の要保護性が大きければ 大きいほど、客観的合理性・社会通念相当性のハードルは高くなり、逆にそれが小 さければ小さいほどに同ハードルは低くなる。

 雇止めの判例法理とその成文化であるとされる労働契約法 19 条の規範構造に関す る上記のような理解と、その帰結としての厳格な二段階審査に対する批判的な見方は、これを要件事実論的に表現するならば、不更新条項への同意は、直接には更新への合理的期待に係るものではあるものの、その評価には(合理的期待の程度に関する)濃淡のグラデーションが存在し、そのグラデーション的な評価に応じて 19 条柱書の客観的合理性・社会通念相当性という規範的要件の評価障害事実の一つとなりうる、という理解になる。期間を定めたプロジェクトや休業中の労働者の臨時代替業務など期間の定めそれ自体に合理的な理由があるなど、法的保護に値するいわゆる「更新への合理的期待」が客観的に見て全く認められない、あるいは極めて希薄である場合は、決定的な比重を有する評価障害事実として解雇権濫用法理の類推適用に実質的には入らないことも許容はするが、それはあくまでも例外的な事案に限定されることになる。

 厳格な二段階審査に批判的な見方は学説のみならず判例の中にも同様のスタンスに立つものも存在する。上記の通り、現状では原審判決をはじめ 主として文理解釈に傾いた厳格な二段階審査論がやや優勢ではあるが、改めて日立 メディコ事件最高裁判例の法理により忠実であると思われる上記の解釈が採用され るべきものと考える。

 上記の解釈は不更新条項一般についてのものであるが、とりわけ 18条の 無期転換権発生を回避する機能を持つ 5 年更新上限条項について、同更新上限条項によってそもそも更新への合理的期待が発生しない(あるいは消滅する)として 19 条柱書の審査に入らないとする解釈は、一層のこと上記の原則例外関係を逆転させる転倒した議論ということになるだろう。



二 本件更新上限条項の同意は、自由意思の法理の規範射程外か

 (最高裁判例における自由意思の法理の適用範囲は労働条件変更事案に限定されるか)


 この論点に関する東京高裁の判断は以下のとおりである。


「労働者は、労働契約上、使用者の指揮命令に服すべき立場に置かれ、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力も限られるため、自らに不利益な内容の合意も受入れざるを得ない状況に置かれる場合がある。したがって、例えば、有期労働契約が反復して更新される間に、労働者が既に契約更新への合理的期待を有するに至った場合において、新たに更新上限を定めた更新契約を締結するようなときは、上記の観点から、労働者が新たに更新上限を導入することを自由な意思をもって受け入れ、既に有していた合理的期待が消滅したといえるかどうかについて、単に労働者の承諾の意思表示の有無のみに着目するにとどまらず、慎重に判断すべき場合があると解される。」「しかし、本件不更新条項等は、控訴人が労働条件や契約更新について何らかの期待を形成する以前である、本件雇用契約の締結当初から明示されていたものであり、しかも、本件雇用契約書及び説明内容確認票の各記載内容によれば、本件雇用契約の雇用期間は5年を超えない条件であることは一義的に明確であること、D課長はC支店において控訴人と面談し、控訴人に対し、そのことを明示・説明したこと、控訴人も本件不更新条項等の存在を十分認識して契約締結に至ったものであることは、前記1で引用する原判決「事実及び理由」第3の3(4)において認定説示したとおりであるから、その限りにおいて、本件雇用契約の締結に際し、契約の更新に関して控訴人の正当な信頼・期待に反する条件を押し付けられたなど、自由な意思に基づかないで合意がされたとの事情があったとはいい難いし、ましてや、控訴人に、契約更新についての合理的期待が生じていたと認めるに足りる証拠はない。」


 この説示が、山梨県民信用組合事件・最高裁判決の規範射程が、労働条件変更に限定されるのかについて、すなわち、雇用契約の締結当初から提示された労働条件にも及ぶのかについて、「自由な意思」との文言が用いられていることから、これを明確に否定したものかどうかは解釈の余地があるものの、その内容は、最高裁判例の自由意思の法理に基づく審査とはなっておらず、むしろ同法理を労働条件変更法理と解する学説・下級審判例の影響がうかがわれる。しかしながら、自由意思の法理の規範射程を労働条件変更事案に限定する解釈には賛成できない。


 不更新(更新上限)条項への同意は、直接には更新への合理的期待に係る事実ではあるものの、その評価には(合理的期待の程度に関する)濃淡、グラデ ーションが存在し、そのグラデーション的な評価に応じて19条柱書の客観的合理性・社会通念相当性という規範的要件の評価障害事実の一つとしての評価に影響を及ぼす、という既述の19条の規範構造からは、不更新(更新上限)条項への同意が、右評価障害事実としての抗弁として成立するためには、その同意が「自由な意思によると認められる合理的な理由が客観的に存在する」ことが求められる。 自由意思の法理は、合意の原則を通じて、合理的な労働条件の決定・変更が円滑に行われること、そしてそれを通じて労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係の 安定に資する(労契法 1 条)ために最高裁が労働判例法理として法創造したもので、それは、秋北バス大法廷判決以来、最高裁が日本の企業社会に適合的な労働契約法理を連綿と継続形成し進化させてきた土壌の上に成立した。

 それは、合意と(客観的)合理性を峻別し、それぞれに意思原理と信頼原則とし て法原理上は異なる規範体系を形成していったドイツの法律行為論とは異な る、我が国に独自の、民法にその法律上の根拠を持つ(民法 92 条)すぐれた法律行為論である。そうした連綿とした法実践の蓄積の上に形成されてきた自由意思の法理は、ある法律条文の柱書の審査とは別に、その柱書の審査に入るかどうかに関わる事実の認定における判断枠組みに矮小化されるべきものではなく、当該法律条文の趣旨目的とその規範構造との関係において問題となる当該条文の核心的な要件効果論において論じられるべき一般法理として成熟しつつある実定法理なのである。 以上の通り、19 条の規範構造に鑑みて、判例における自由意思の法理は、19条2号における更新(雇用継続)への合理的期待と 19 条柱書の解雇権濫用法理の類推適用審査を相関関係的に連結するための重要で不可欠の法理であるということなる。 上記の理解に立てば、自由意思の法理にいうところの「自由な意思によると認めるにたる合理的な理由が客観的に存在するか否か」もまた、原審判決において第1 段階の適用審査として理解される19条2号の「更新されるものと(の)期待」を放棄する意思に係るものというよりは、19 条の本質的な保護法益としての「更新 (雇用継続)への合理的期待」の放棄の可否の文脈において問われるべきものであり、従って、雇止めの事案において原則として審査がなされるべき19条柱書にお ける客観的合理性・社会通念相当性の判断枠組みに位置付けられるべきものということになるのである。

 今日、自由意思の法理は、労働条件変更法理に限定されず、およそ労働者にとって不利益な措置について労働者が同意する場合に一般的に妥当する法理へと成長を遂げつつある。第一審の横浜地裁川崎支部は、進化の途上にある同法理についての規範的根拠とその規範射程をめぐる理解が不十分なままに、山梨県民信用組合事件・最高裁判決が労働条件変更の事案であったことのみを理由に、その規範射程を不必要に限定しているが、原審も同様のスタンスに立っている。それは、同最高裁判決以降の学説と判例が、構造的に非対等な契約当事者間における意思の自由(自己決定、実質的な合意)を保障するという労働法における法律行為の基礎理論を踏まえつつ、労働契約内容の司法的規制の判例法理としての発展の途上にあることを見ない狭隘な理解との批判を免れない。山梨県民信用組合事件最高裁判決の調査官の解説からは、自由意思の法理について、最高裁はその規範射程を今後の学説・判例の展開に開かれたものと理解していることが窺われる。最高裁判例の規範射程を労働条件変更事案に限定する解釈は、山梨県民信用組合事件における事実関係が労働条件変更の事例であったことから、機械的に判例の規範内容を限定的に解するもので、判例・学説による法の継続形成に開かれた最高裁判例の解釈としては適切なものとはいい難い。

 控訴審において原告側がこの点を強く主張した結果、控訴審は、地裁判決をやや修正したようにも見受けられるが、自由意思の法理の規範内容であるところの、①当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、②労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、③当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否か、について立ち入った具体的検討を行なっていない。そして、更新上限条項が契約締結当初からのものであったこと、そして同条項記載内容が一義的に明確で、会社が同条項について一応のところ明示・説明したことをもって自由意思に基づく合意であるとしているにとどまる。上記の通り、控訴審は、本件において判例の自由意思の法理の規範射程外であるとは明言しておらず判然としない部分が残るが、いずれにせよ判例法理の解釈適用を誤ったものと言わざるを得ない。


 不更新(更新上限)条項受諾の合意は、上記の当該業務の継続性他の諸事情に基づき信頼関係をベースに形成される更新(雇用継続)への合理的期待を保護するための強行法規たる労契法 19 条の適用を、事後的かつ主観的に排除する機能を持つ。 契約当事者の情報格差・交渉力格差を是正することを通じて、自主的な交渉と実質的な合意を実現し、もって合理的な労働条件と労働者の保護を実現することで 個別的な労働関係の安定に資することが、労働法分野において判例が自由意思の法理を発展させてきた際の規範的根拠であった。不更新(更新上限)条項が争われている本件において、自由意思の法理は、労働契約における合意原則を維持しつつ、 労契法 19 条に引き継がれた(はずの)判例における雇止め法理(解雇権濫用法理の類推適用)が守ろうとした保護法益を、不更新(更新上限)条項が無に帰してしま う可能性に対し、合意の実質性を確保する観点からの柔軟かつレジリエントな防波堤としての役割を担うことを期待されている。そうした規範的要請は、確かに労働条件変更の局面において典型的に問題化するが、原理的には労働者にとって不利益をもたらす可能性のある合意一般、すなわち契約成立の時点においてももちろん存在しているのであり、自由意思の法理を労働条件変更の場面に限定しなければならない合理的な理由は存在しない。むしろ近年の民法学における法律行為論や約款規制法理の動向を踏まえて言えば、不更新(更新上限)条項それ自体の有効性が問われて然るべきであり、それは伝統的な公序違反法理に基づく不当条項としての一律の違法無効ではなく、当該条項が労働者にもたらす不利益や契約締結時における当事者の個別的な交渉経緯や情報提供・説明の実際に応じて相対的にその効力の可否が判断されうる契約の司法的コントロールに他ならないのである。



三 本件更新上限条項の挿入時期が契約締結時からのものであることについての法的評価


 本件下級審判決は、更新上限条項が、有期労働契約の成立当初からのものであることを有力な理由として、更新への合理的期待の発生を否定し、19条柱書の客観的合理性・社会通念相当性の審査を否定する。同様の理解は、学説・判例において比較的有力であるが、必ずしも説得的とは言い難い。

 本意見書は、上記の通り、文理上は判例の雇止め法理からは乖離する 19 条の文言を、可能な限り最高裁の雇止め判例法理に近づけて解釈しようとする見地に立つが、同見地からは、不更新(更新上限)条項の存在によって、19 条柱書の審査自体を回避するような解釈は極力避けるべき、ということになる。そして、雇止めをめぐる紛争においては、原則として 19 条柱書の審査を行うべきとする右の理解は、不更新(更新上限)条項が、反復更新後に挿入されたものか、労働関係の契約当初から挿入されたものかによって直接左右される性格のものではない。日立メディコ最高裁判決の規範論理に可能な限り忠実に 19 条を解釈適用しようとする本意見書がよってたつ見地からは、不更新(更新上限)条項が設定された時期(当初からか、途中からか)は、19 条柱書の規範的要件における総合判断における一つの考慮要素ではあっても、それだけで法的推論が左右されるほどに本質的なファクターではない、ということになるのである。

 判例の雇止め法理は第1回目の期間の定めの到来時における更新拒絶についても解雇権濫用法理の類推適用を認めるものであったが(龍神タクシー事件・大阪高判平 3 ・ 1 ・ 16 労判 581 巻 36 号、また神戸弘陵学園事件・最高裁平成2年6月5日第三小法廷判決も最初の更新時における更新拒絶の事案である)、これは更新への合理的期待という保護法益は、期間の定めについての契約条項とその認識のみによってその要保護性が失われる(本件原審は概ねそのように理解している)ものではなく、契約成立時及びその後の労働関係における客観的・事実的な関係性から生じるものであることを物語っている(雇用の臨時性・常用性、 更新の回数、 雇用の通算期間、 契約期間管理の状況、 雇用継続の期待を持たせる言動・制度の有無など)。

 期間の定めが、本来、ある時点における時間の経過をもって契約が終了することをあらかじめ約定したものであるとすれば、それは契約存続期間の上限を定めた更新上限条項との間に本質的な差異は存在しないはずである。むしろ更新上限条項の存在は、上限に至るまでのより短期の期間の定めの効力の脆弱性を推認させるものであり(更新することが黙示的に合意されていると解釈することも可能)、更新上限条項において上限として設定されたものこそが、本来的な意味における期間の定めとしての性格を帯び、そして、上記の通り、最高裁判例は、この期間の定めが契約成立当初からのものであっても、労働関係の実態、客観的な事実的関係性に基づいて、解雇権濫用法理の類推適用の可否を判断するものである。原審判決は、雇用契約締結当初から更新上限があることを過剰に重視し、更新(雇用継続)への期待についての要保護性を認めず、19 条柱書の審査は不要であると判断したが、これは雇止めに関する最高裁判例の規範論理に忠実な 19 条の解釈とは言い難い。

 

 また、上記の通り、判例の自由意思の法理における規範射程は労働条件変更事案に限定されず、労働契約条項それ自体の司法的コントロールに及ぶ判例法理として発展進化しつつあるが、仮に、これを労働条件変更事案に限定して適用されるとの狭い解釈に立ったとしても、本件の事実関係の下において、本件更新条項の挿入を労働関係成立時になされたものとして自由意思の法理の埒外におくことは、以下の通りの理由から疑問がある。

 派遣期間と併せれば期間が 5 年を超えることについて、原審判決は、派遣期間中においては原告と派遣先である被告との間に直接の契約関係はなく、原告が本件雇用契約につき契約更新への期待をもったとしても、その期待は法的な保護には値しない旨、判示した。確かに派遣労働者としての契約期間と有期雇用の期間 を通算して 5 年を超えるとしても、そのことから直ちに労働契約法 18 条における無期転換権発生の要件をみたすことにはならない。しかしながら、19 条における更新 (雇用継続)への期待の要保護性の判断においては、雇用の継続性は、まず何よりも実態としての労働関係(使用従属関係)が基本であり、派遣労働においては、 雇用契約関係はなくとも、派遣労働者と派遣先の間には、厳然としてこの労働関係(注)が存在している。 本意見書は、無期転換権発生(18 条)の要件としての 5 年の計算において、派遣労働期間を含めるべきとの解釈はとらないが、他方で 19 条における更新(雇用継続)への期待の要保護性に関して、現実に派遣先との間において使用従属の関係にあった派遣労働者が、従前通り指揮命令を受けつつ労務を提供する当の相手方との間で、業務と勤務地など主要な労働条件を同じくしつつ有期労働契約を締結する際に、これをあたかもそうした従前からの関係が全く存在しない新規の有期労働者の契約締結と同一に扱うことは適切ではない。従ってまた、自由意思の法理について、一部学説・判例の如く、これを労働条件変更事案に限定する解釈に立つとしても、本件の事実関係においては、本件更新条項の挿入は従前の派遣労働関係から継続して存在していた事実的な労働関係の途中からなされたものと評価することが可能であり、自由意思の法理の適用は排除されない。


(注)我が国においては、「労働関係」の概念をめぐり(特に労働契約関係との異同について)厳密な議 論はなされておらず、労働関係とはすなわち労働契約関係であるとの誤解が一部に見られるが、日本 の労働契約法理論に大きな影響を及ぼしてきたドイツ労働法における労働関係Arbeitsverhaeltnisの概 念は、労働契約Arbeitsvertragの概念とは明確に区別されており、前者は事実的な労務供給関係を含む。



最後に


 この間、先進諸国のみならず新興諸国においても実現されてきた非正規労働者保護のための各種の法的整備が、なぜか我が国においては不十分なままに放置されてきた。判例の自由意思の法理は、そうした立法の不備を補う役割を担っている。とりわけ労働契約法の分野においては、契約正義の実現のための立法による契約コントロールが不十分であり、司法による契約コントロールがこれまで以上に重要な役割を果たすことが期待される。自由意思の法理は契約内容の司法的コントロールの基礎をなす判例法理として、とりわけ立法機関たる国会の機能不全の中で、ますますその重要性が高まりつつある。司法による法の継続形成を通じて、同法理が労働契約法の中核的な法理として成長していくかかどうかは、企業のステークホールダー、とりわけ従業員の価値を重視する我が国における「新しい資本主義」のあり方を大きく左右すると言っても過言ではない。有期労働契約法の最重要論点である更新上限条項に関する本件判決の影響は甚大であり、仮に原審判決が維持されれば、今後多くの企業が、被控訴人が行ったような更新上限条項の実務に追随し、労働関係が恣意的に5年で中断されるという事態が大量発生する可能性がある。その結果、判例が築き上げた有期雇用労働者の法的保護は形骸化を免れず、また不十分ながらも立法化された労契法における期間の定めに対する規制が有名無実化し、雇用社会における安定的でかつ多様な働き方の実現という法政策課題も画餅に帰すほかないであろう。やや強い表現を用いれば、判例が築き上げた雇止め法理は、過去四半世紀にわたる新自由主義的潮流によるバイアスによって、たえざる形骸化の波にさらされてきたのであり、更新上限条項に関する原審判決が維持されることで、この形骸化が完成することを私は深く憂慮する。上告審における慎重な審議をお願いする次第である。



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yonezu takashi
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