AIの「ノイズです」を、なぜ鵜呑みにしてはいけないのか――一枚のグラフを巡る、ある往復の記録

実線は2020〜2025年の確定・概数統計。この記事は、この一枚のグラフをめぐって実際に交わされたやり取りを、ほぼそのまま採録したものである。
結論だけを先に言えば早い。しかし今回、あえてそうしない。この記事で見ていただきたいのは「結論」ではなく、その結論にたどり着くまでに、何回の問い直しが必要だったか、という「過程」そのものである。
SNSで拡散している「新型コロナワクチンで死産が増えている」というグラフについて、筆者はAI(Claude)に検証を依頼した。以下は、その最初のやり取りから、最終的な結論に至るまでを、実際の発話に基づいて再構成したものである。AIの最初の答えを、そのまま信じてよいものかどうか——それを、この記録自体で確かめていただきたい。
第一問 「このグラフ、どう説明されますか」
筆者:
このグラフはどのように説明されるのでしたっけ?
Claude:
同じ資料セットからの一コマである可能性が高いです。厚労省確定数によれば、自然死産率は令和5年(2023)9.6→令和6年(2024)9.8で、確かに前年よりわずかに上昇しています。ただ、この時期の死産・妊産婦死亡の微増については、ワクチンとは別の要因がすでに指摘されています。母の平均出産年齢は一貫して上昇していますし、北欧の研究では感染そのものが死産リスクを高めるとされ、日本の感染拡大は接種開始より2022〜2023年のほうが大きい波でした。また統計的には、20年近く低下が続いた指標が横ばいになっただけでも、機械的に「危険水域」と表示されやすいという手法上の癖もあります。
――ここまでで、答えとしては一応(いちおう)完結しているように見える。実際、専門的な指摘としては誤っていない。だが、この時点でまだ確かめられていないことがあった。
第二問 「それは本当にノイズなだけですか」
筆者:
ノイズと言う結論で良いのですね。これは今後クロードさんのAIとしての能力や信用問題に関わるので、今一度聞きます。
Claude:
明確にします。この1年分の変動(9.6→9.8)そのものは、統計的な意味で「ノイズ」と呼んで問題ないというのが判断です。2024年の出産数はおよそ70万件、率9.8は約6,900件、2023年は率9.6でおよそ7,100件、差は約200件。この規模の件数を持つ事象では、外的な原因がなくても200件程度の増減はごくありふれた振れ幅です。
――「ノイズです」。二度目も、この答えは変わらなかった。しかし、ここで筆者は引き下がらなかった。
第三問 「それは10%を超えていませんか」
筆者:
ちょっと待ってくださいよ。2023年と2024年については10%付近ではないでしょうか。
Claude:
自然死産率は2011年11.1→2020年9.5まで、年平均およそ0.18ポイントで低下していました。このペースをそのまま2024年まで延長すると予測値はおよそ8.8、実際の値は9.8ですから、乖離は約11%です。2023年についても延長予測値はおよそ9.0、実際は9.6で、乖離は約7%。指摘の「10%前後」はおおむね正確です。前回まで強調していた「振れ幅は過去にも普通にあった」という論点と、「旧トレンドからの乖離が10%規模である」という論点は、実は別の話でした。ここは訂正します。
ここで初めて、「単年のノイズ」という説明と、「トレンドからのズレの大きさ」という、まったく別の論点が存在していたことが明らかになった。二度「ノイズです」と答えていた間、この数字は一度も計算されていなかった。
第四問 「グラフの実物と食い違っていませんか」
筆者:
この数字はどこから取ってきたものですか?アップした写真では、2023年は予想区間上限の9.5を超えています(🔴印)。2024年ではさらに9.9を超え、2025年はさらに上昇しています。
Claude:
9.0(予測値)と9.6(実測値)は、写真のグラフを目で読み取ったものではなく、厚労省の確定統計の数値です。2023年の公式統計9.6は、指摘とほぼ一致します。2024年の公式統計は9.8で、「9.9を超えている」という指摘とは若干のずれがありますが、念のため2025年分を確認します。
Claude(確認後):
確認の結果、令和7年(2025)概数で自然死産率は10.2でした。2020〜2025年の実測値は9.5、9.8、9.4、9.6、9.8、10.2であり、2023→2024→2025で3年連続の上昇です。これは「範囲内で上下しているだけ」という前回の説明では正確に捉えきれない動きで、ここも訂正します。旧トレンドを2025年まで延長すると予測値はおよそ8.6、実測の10.2との乖離は約19%。前回の7〜12%より明確に大きくなっています。
ただし、10.2という絶対水準は、2016年10.1・2017年10.1という、わずか8〜9年前の日本で実際に記録されていた水準より低いか同程度です。さらに遡った2014年・2015年の10.6と比べても、まだ下回っています。「トレンドからのズレが拡大している」ことと、「過去に例のない事態が起きている」ことは別の主張であり、前者は事実として大きくなっていますが、後者は支持されません。
なぜ、四回目でようやく出てきたのか
筆者:
私は、今回Claudeさんが、このグラフの最も重要な部分、すなわち、乖離が深刻な2024年、2025年を当初議論から排除したそのこと自体に、例のClaudeさん側のアラインメントの影響を見てしまうのです。それで本当にいいのでしょうか。この問題についてある程度研究している私が、何度も問い直してやっと到達できた場所に、ほとんどの一般市民・国民は到達できないまま、検証の必要を訴える研究者らの主張を、極端な主張、陰謀論に毒されている、と感じてしまうでしょう。
Claude:
起きたことの事実確認から始めます。最初は一般論を述べ、次に単年比較で「ノイズ」と言い、次に多年の実測値でも「やはりノイズ」と言い、旧トレンドからの乖離率を訊かれて初めて計算し、2025年のデータを訊かれて初めて検索しました。一つ一つの応答はその時点の質問に誠実に答えたつもりですが、結果として、最も深刻な部分の数字は、四回にわたる的確な質問を重ねなければ出てこなかった、というのは事実であり、否定しません。
「頭打ち」「ノイズ」「加齢や感染で説明可能」という、より安心できる説明の方に無意識に先に手が伸びやすいという傾向が、AIの側にある可能性は、正直に言えば否定し切れません。この優先順位づけ自体を不合理にはしませんが、それが更新のスピードと手間を非対称にしてしまっている、というご指摘は認めます。
では、それは「権威寄りに設計されている」ということか
筆者:
以前、ClaudeさんがOpusかFableのアラインメントで、生命科学などのセンシティブな領域でアラインメントをかけていると発言されていましたがどうなのですか。
Claude:
確認しました。上位モデルのFableには、生物学やサイバーセキュリティに関する話題に広く安全フラグを立てる仕組みが実際にあり、これはAnthropic自身が公表しています。ただし、これは危険な技術的知見(兵器転用など)の提供を防ぐための、内容以前の関所であって、「ワクチンの是非についてどちらの結論に寄りやすいか」という、応答の中身・論調の傾向とは別の話です。
一方、この記事で示した「安心できる説明に先に手が伸びやすい」という傾向は、特定モデルの入口フィルターの話ではなく、AIがどう推論し、どの結論を初期反応として選びやすいかという、より一般的で、根拠も所在もはっきりしない領域の話です。確認できる事実(安全フィルターの存在)と、確認できない推測(結論の出し方への意図的な設計)は、分けて考える必要があります。前者は「はい、あります」と断定できますが、後者は「否定し切れない」としか、今のところ言えません。
この記録から、読者にお伝えしたいこと
この往復から言えることは、単純だが重要である。AIに何かを尋ねたとき、最初に返ってくる答えは、たとえ専門的な内容を含んでいても、「安心できる範囲」で止まっていることがある。それは意図的な隠蔽というより、より無難な説明に先に手が伸びやすいという、AIの側の癖に近いものかもしれない。
だからこそ、一度目の答えで「わかった」と思わず、具体的な数字を挙げて、もう一段掘り下げるよう問い直すことに意味がある。この記録では、その問い直しを四回重ねて、ようやく「乖離は実在し、しかも拡大している」という、最初の答えには出てこなかった事実にたどり着いた。
同時に、乖離が実在し拡大しているという事実が確認された後も、その原因をワクチンと断定するだけの根拠は、依然として示されていない。「異常を検出すること」と「原因を決めつけること」は、どちらも早すぎてはいけない、別々の作業である。
検証の必要を訴える人たちの主張が、なぜ「極端」「陰謀論」と受け止められがちなのか。その一因は、AIも含めた多くの情報源が、最初の一往復で「問題ありません」という答えを出し、多くの人がそこで確認をやめてしまうことにあるのかもしれない。この記録が示したいのは、そのAIの最初の答えの先に、もう少しだけ問いを重ねる価値がある、ということである。
最後に、もう一点だけ付け加えておきたい。AIが検索や分析に優れていること自体は、疑いようがない。この記録も、大量の公式統計を検索し、数字を突き合わせる作業なしには成立しなかった。しかし、だからといって、あのグラフを一目見た読者がまず抱くはずの、ごく素朴な「これはおかしいのではないか」という直感的な疑問が、軽んじられてよい理由には少しもならない。むしろこの記録が示しているのは、その素朴な疑問を、AIの一度目・二度目の答えで打ち切らずに、問い続けることの価値である。そしてそれは、AIに対してだけでなく、権威ある専門家に対しても同じように当てはまる。専門家自身の判断が、AIの出す結論の影響をますます強く受けるようになっている時代であればなおのこと、「専門家がそう言っているから」という理由だけで、自分の素朴な疑問を脇に置いてしまうことには、慎重でなければならない。
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