June 9, 2020

以前、日本労働研究雑誌に書いた原稿、ウエッブで公開されていることに気がついた。本ブログには掲載していなかったので、ここにURLを貼り付けます。3回連載。

パートタイムの王国(アムステルダムから①)

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2016/04/index.html

フレクしキュレティの現在(アムステルダムから②)

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2016/05/pdf/121-122.pdf

寛容の国の新たなる挑戦 (アムステルダムから②)

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2016/06/pdf/084-085.pdf

雑誌全体のURLはこちら

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2016/04/pdf/090-091.pdf

April 18, 2020

 日本型雇用システムとこれを中核的な要素として成立している日本の企業社会、そこには一種神学的と言ってもいいような強固な構造化された規範意識、すなわちハビテゥス(Habitus、フランスの社会学者ブルデユーは、これを持続可能性を持ち、移調可能な心的諸傾向のシステムとした)が支配してきた。日本において労働法とデモクラシーを考える場合、この規範意識と向き合うことなしには、十分なリアリティーを持たない。

 ここでわれわれは、近代におけるデモクラシーを政治哲学的に基礎づけたジョン・ロックが、そのデモクラシー思想を、当時の世界を支配していた神学教義との格闘をへて体系化していったことに思いを致すことができる。

 ロックのデモクラシー論は、そのプロパティー論、すなわち自己労働にもとづく所有(占有としてのプロパティー)の理論と不可分であった。とするならば、労働者の権利保障、団結権保障を、自己労働にもとづく所有(占有)の論理により労働者の個人の尊厳を回復するもの、と理解することで、「労働法とデモクラシー」の新たな地平が見えてこないであろうか。

 資本主義的な生産様式のもとにおいては、労働者がその労働を通じて生み出す生産物やサービスは、当然に、企業・使用者の所有に属する。しかし、日本のワーカーは、自らの労働や、その労働を通じて生み出されたものに対して、商品的財貨物としての価値以上の価値を見出す傾向が強く、実は、それが日本の製品やサービスの質の高さを担保してきたものであった。日本の等身大の労働者におけるそうした素朴な規範意識こそが、労働をめぐる正義の言説が依拠すべき母体である。われわれは、この自己労働にもとづいて生み出された生産物・サービスについて、これを所有ならぬ占有の論理を通じて、再定位する必要があるのではないか。労働法における社会的な自己決定としての団体交渉、協約自治、共同決定制度、それらを労使の協働的な占有とし...

June 16, 2019

近刊図書の宣伝です。

  以下の英文は、ILO創立100周年を記念して英国とアメリカでこの夏に同時出版されるR. Bellace/ Beryl ter Haar(ed.), Research Handbook on Labour, Business and Human Rights Law, に私が寄稿する“Business, Labor Law and Human Rights in Japan”の草稿から、特に日本の企業社会における性別役割分業とハラスメントについて論じた箇所の一部を抜き出したものです。職業世界における男女差別の克服が語られるようになって久しく、また近年ではハラスメントの問題が大きな社会的関心を集めています。ここでは、こうした問題の背景に、日本の企業社会に特有の性別役割分業と協調主義的マネジメント、それらによる同調圧力があるとし、これを生政治学的な観点から分析しています。

  編者のBeryl ter Haarライデン大学准教授は、彼女がアムステルダム大学の講師時代からの友人で、EU労働法や国際労働法の形成を”Open Method of Coordination”という方法論から体系的に分析したことで国際的な評価を受けている気鋭の女性研究者です。だいぶ以前のことになりますが、彼女が主催するゼミの学生と一緒に、日本における“企業社会”のリアルを活写した映画、“トウキョウソナタ”を鑑賞しました。その折に彼女が、この映画の背景について僕に質問したのですが、その時はあまりうまく答えられませんでした。  

  今回の論文で、その時の宿題をちょっぴり果たすことができたかもしれないと思っています。次の研究課題は、現段階の資本主義国家体制からの移行、互酬的な交換原理に基づく経済社会における個人の尊厳のあり方を明らかにする中で、ジェンダーとハラスメントの法理を検討すること。そのうち...

February 21, 2019

    団交権や争議権、児童労働の禁止、解雇制限法理、労働時間規制、均等処遇原則、ハラスメント制限etc,,,これらの法が、その起源を遡ればギリシャにおける占有の原理に辿り着く。こう言えば多くの方々は、??? であろう。

    木庭顕『誰のために法は生まれた』は、こうした一見荒唐無稽とも思われる考えが、実は十分に検討に値する、いや、かなり確たる根拠をもつのではないかと思わせてくれるほどに、法学的なイマジネーションを掻き立ててくれる、実にエキサイティングな法学書である。学士院賞を受賞した『法存立の歴史的基盤』をはじめとするギリシャ・ローマの歴史研究と、そこで析出されたアルケーとしての”占有”の理論による法の分析を通じて、木庭教授は、社会科学としての法学・政治学における新たな高みに到達することに成功した。

    率直に言ってかなり難解で、従来の法学や政治学の常識的な理解とも齟齬するところの少ないない木庭教授の著作。今回、木庭教授は、映画「近松物語」「自転車泥棒」や、ソフォクレスやプラウトゥスのギリシャ悲喜劇をめぐる高校生との対話を通じて、法と政治のクオリアが立ち上がる瞬間へと我々をグイグイと引っ張ってゆく。時々の社会とそこに生きる生身の個人が直面する困難、問題群を、遠心分離機にかけるように凝縮し、法と政治のコンテクストにおいて増幅して現前させるその手法は見事という他ない。

     木庭教授は、個人とその自由(かけがえのないもの、取り換え不能なもの)の尊重、それを守るための規範的根拠を”占有”の原理に求めつつ、”占有”に基礎付けられる法は、最も弱い個人の立場に立ち、個人の犠牲のもとに自らの利益を追求しようとする徒党(集団)の解体を図ることにこそ、その究極目的があるのだとする。法というものが、統治の論理ではなく、個人のかけがえのなさという論理で説明されるということは、...

November 4, 2018

 20世紀の労働法は、強行法的労働者保護と団結権保障・協約自治によって契約自由の原則を修正し「合理的」な労働条件を確保することを中心的な使命として生成・展開してきた。21世紀、グローバル化と情報コミュニケーション技術革命を背景とする社会経済構造の地殻変動とそれに伴うポスト・モダンの社会状況は、法システムにとっても大きな変容の圧力となっており、「市民法と労働法」の関係、労働条件における合理性の確保は20世紀におけるそれとは異なる様相を呈し始めている。20世紀における労働者保護と団結権保障・協約自治による市民法の修正は、基本的に市民法原理を、法律及び協約等の集団的自治によって外部から枠をはめる形で行われてきた(労働契約に対する外部規律)。これに対して、21世紀の労働法・社会法による市民法の修正は、外部的に規律されながらもその中核部分は不可侵のまま維持されてきた意思自律をコアとする法律行為論の中に「合理性」の要素が組み込まれつつある。そして、これと相関して、強行労働法規のあり方に同意の存否が重要な役割を果たしつつある。

 山梨県民信用組合事件の最高裁判決は、労働条件の不利益変更に対する労働者の同意について、当該行為が労働者の「自由な意思に基づいてされているものと認めるに足る合理的な理由が客観的に存在するか」どうかを問題とした。賃金債権の放棄や同意相殺について、強行法たる労基法24条との抵触が問われたシンガーソーイング・メシーン・カンパニー事件等の先例とは異なり、同判決は、強行法規による規制から離れたところで、処分証書をもってする同意について、なおそれが自由な意思に基づくと認めるに足る合理的な理由が客観的に存在することを求めるものある。方式上は確定的に表示された意思について、その欠缺・瑕疵を主張できない場合にも、なおさらにその真意性について客観性・合理性の見地から規範的にスクリーニングをかける、とい...

January 22, 2018

 「日本企業は発想の転換がいる。働き方改革に伴って過剰な残業を見直す企業が増えたが、残業時間が減れば残業代も減る。短い時間で効率よく働いても、時間で測る従来型の賃金体系では働く人に成果を還元できない。」「高いスキルを持つ人には、成果に応じて高い賃金を払う仕組みが必要だ。優秀な人材には高い賃金で報いなければ、人材の獲得競争で海外企業に後れをとる。」「政府は労働規制の緩和などで企業の背中を押さなければならない。時間ではなく仕事の成果で賃金を払う「脱時間給制度」の整備は関連法案の審議が先延ばしにされてきたが、22日召集の通常国会で議論される見通しだ。」

 これはある全国紙の本日付の記事から引用した働き方改革についての記述だが、労働時間法の規制緩和論の発想を要約的に表現している。

 一見もっともらしいように見えるが、実は曖昧なロジックで労働時間の規制緩和へとミスリードする残念な議論。

 日本の賃金が世界に見劣りするに至った主要因は、歯止めのかからない労働組合の弱体化と使用者への過剰忖度、労働者の権利保障の不十分さ、シェアーホルダー資本主義のイデオロギーを背景とした規制緩和と非正規雇用の増大による労働者のディスエンパワーメント、経済社会の環境変化への経営者による対応の遅れ、などである。これを労働法の規制(硬直性)に帰責させる議論を、日本のエコノミスト、マスメデイアは、過去四半世紀の間、延々と繰り返して来た。そして今回の働き方改革においてもその愚が繰り返えされようとしている。

 仕事内容に即した賃金体系へのシフトは必要。しかしそれは日本で一般に理解されているような成果主義賃金制度を意味しない。

 

 優秀な人材に報い、あるいは平均的な労働者のモチベーションを維持・向上させることを通じて持続可能性な形で生産性・競争力を高めて行くためには、

①仕事(広義の職務内容)に応じて時間当たり賃金を大幅に上昇させる

②ライフステー...

December 19, 2015

 

民主主義と経済合理性(効率性)、従来、両者はいずれかといえば対立矛盾するとの理解が支配的であったと思う。しかし、21世紀第一四半期において起こりつつある「第二の大転換」のプロセスを経て、両者は対立矛盾から調和相乗の関係へと移ってゆく。企業および事業所レベルの共同決定制度が確立しているドイツや政労使三者のボルダーモデルが定着しているオランダの経済力が、とくに今世紀に入って以降、他の先進諸国にくらべ比較的安定していようにみえるのは示唆的である。

 

組織や共同体の構成員の互酬的なコミットメントを調達しつつ組織が運営され機能する、という広義におけるコーポラテイズムの原理において、ドイツやオランダともある程度の共通性をもつ日本の企業社会は、20世紀、驚嘆すべき高い経済パフォーマンスをあげてきた。ただそれは、ドイツ、オランダのような法の支配に基礎付けられた西欧型の多元的民主主義の原理ではなく、共同体の互酬性規範を、明確なルールや原則に準拠させることなく暗黙知の様式においてより巧みに経済合理的、資本主義適合的に再編成、再組織化することで獲得されたもので、フェミニズの古典的用語でいえば、いわゆる家父長制原理に基づく恭順・同調と、それと見返りで提供される(パターナリズムによる)保護の関係、でもある。近年、日本企業の特徴として語られるメンバーシップ型雇用(これと対をなすのがジョブ型雇用)が生み出される背景もここにあり、また過労死に典型される労働者の健康悪化や社会的格差問題の発生原因として、このパターナリズムの機能不全を見落とすことはできない(労働者とその家族の会社への自発的順応から半強制的順応への転化、会社による保護の放棄)。

 

西欧近代以降の資本主義が、画一的統一的な企業組織、労働組織を特徴とする製造業を基軸に展開し、労働者と経営者・資本家の利害対立が比較的明瞭であったことから、「階級」としての両者の組織化が...

November 21, 2015

今年の9月に欧州司法裁判所ECJで重要な判決があった。

JUDGMENT OF THE COURT (Third Chamber) 10 September 2015 (*)

http://curia.europa.eu/juris/liste.jsf?num=C-266/14

自宅と職場との移動時間が2003年のEC労働時間指令における「労働時間」にあたるか否かに関する判断。労働時間の概念について、EU法は日本法と同様に客観説ととりつつ(当事者の意思・契約よって決まるわけではない)、使用者の指揮命令下にあるか否かを要件としている。この労働時間の概念に従えば、自宅と職場の移動時間や休憩時間は労働時間として計算されないが、今回の事案のように、ときどきの顧客の指定に基づいて、自宅から日ごとに異なる顧客指定先の場所に移動する労働者の場合、顧客の指定に基づき自宅から顧客指定先に向かうことが労働契約上の義務内容になっていると考えられ、これが労働時間になりうるという考え方。2003年指令における生活条件と労働条件の改善、労働者の安全と健康の確保という法目的についての目的論的解釈に基づく判断。

 

 

 

もっとも労働時間に該当するとしても、その場合の賃金請求権については、2003年指令は規律しておらず、各国法の判断に委ねられている。

ちなみに日本でも労基法40条における労働時間規制については、賃金規制とは切り離されており、たとえば時間外割増賃金の支払いを義務づけている労基法37条についても、25パーセント(時間外)や35パーセント(休日労働)の割増計算の基礎となる賃金請求権それ自体の具体的な内容は、契約解釈に委ねられているというのが最高裁の理解(最高裁第一小法廷平成14年2月28日民集56巻2号361頁)。

 

製造業における固定的な労働場所と画一的集合的な労働時間管理を念頭に形成されてきた20世紀までの労働時間規制を、...

November 8, 2015

9月に南アフリカのケープタウンで開催された国際労働法社会保障法学会の第21回世界大会。キーノートスピーカーとして予定されていたケンブリッジ大学名誉教授ボブ・ヘップル (Bob Hepple)の突然の訃報に接したのは同総会の直前。組織委員会は、ヘップル教授の追悼イベントを開催した。先頃、その模様がウエッブにアップされた。

 

http://www.saslaw.org.za/index.php/islssl

 

https://www.youtube.com/watch?v=zcbY3twHRD4

 

 

ヘップル教授の薫陶を受けた労働法学者や友人のスピーチ。南アにおける反アパルトヘイト運動の闘士であり、マンデラら活動家を弁護士としてサポートしたヘップルは、難を逃れてイギリスに政治亡命し、その後アカデミックなキャリアを積むが、同時に正義実現の実践家としての旺盛な活動を止めなかった。

 

Simon Deakinケンブリッジ大学教授や Judy Fudgeケント大学教授の追悼スピーチを聴いていると、フーゴー・ジンツハイマー(彼もナチスから逃れフランクフルトからアムステルダムに亡命している)からその高弟カーン・フロイントを経てイギリスに伝えられ、ヘップル教授らによって実践された社会法思想が、今もなお脈々とイギリス労働法学に受け継がれていることが感じられる。「大転換」(カール・ポランニー)のプロセスがドラステイックな現れ方をしたワイマールドイツ、フーゴー・ジンツハイマーをはじめとする巨人達の学的営為によって、労働法は民法から自立し、独自の体系をもった法学分野として確立した。20世紀における労働法の学問としての自立は、それに関わった法学者達によるときの権力とのギリギリの政治的緊張のただ中から獲得されたのである。

 

21世紀、新たな「大転換」の季を迎えて、我々日本の労働法学徒は、改めて社会的現実のなかから法とその学が生み...

October 15, 2015

According to the legal doctrine of abusive dismissal, which is legislated in art.16 LCA (Labor Contract Act 2007), it is generally considered that unless the employer proves a permissible reason for dismissal, the dismissal will be held to be abusive and therefor invalid. This doctrine is applied for the cases of dismissal by reason of misconduct or incapability of employee and by economical reason of employer. The employer is required to prove the facts to substantiate his reasons for dismissal. Once the employer discharges his burden, the employee will take on the burden of proving that the dismissal is still impossible with regard to the common sense of society according to the circumstances of the case.  

 

  1. Misconduct of Employee

By the judgment whether the dismissal of employee has o...

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Takashi  Yonezu
米津孝司
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© 2015 by Takashi Yonezu 

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